島村抱月の文芸批評理論にもとづく小説『安達としまむら』批評

 

すべてのひとは、性愛へとさし向けられている。そして、性愛(他者の身体を求めること)へとさし向けられている自己のなかに、ひとは愛を自覚する。

橋爪大三郎『性愛論』*1 

個性によって、そのひとに可能な幸福の範囲はあらかじめ決まっている。特に精神的能力の限界は、高尚なものを享受する能力をしっかりと確定する。

ショーペンハウアー『幸福について』*2

 

 

はじめに

 本稿は文芸評論家・島村抱月の美学的文芸批評理論を用いて、ライトノベル安達としまむら』を批評したものです。

 本稿では、はじめに『安達としまむら』に登場するキャラクターの名前の由来について触れた後、しまむらの名前の由来である文芸評論家・島村抱月を紹介します。ここでは同時に、『安達としまむら』の登場人物・しまむらと、文芸評論家・島村抱月の奇妙な共通点についても言及します。次に、抱月の美学的文芸批評理論を理解するための2つの前提――心身並行説および精力需給説――を説明し、それらの前提を総合することで、彼の理論が決定論と自由の問題という観点から検討可能であることを指摘します。続いて、決定論と自由の問題に対するスピノザ、抱月、そして『安達としまむら』の姿勢を対比する形で明らかにし、抱月の批評理論を用いて『安達としまむら』を批評することが適切であることを示した上で、批評理論の説明と並行して『安達としまむら』を批評します。最後に、アニメ『安達としまむら』に関して私見を述べて、本稿を閉じたいと思います。

 なお、本稿では混乱を避けるため、文芸評論家・島村抱月を「抱月」、『安達としまむら』の登場人物・しまむらを「しまむら」、しまむらにあえてつけられた名前という意味を強調する際は〈島村抱月〉と表記します。

 

安達としまむら』キャラクター名の由来

 英文学者のデイヴィッド・ロッジは「小説においては、名前が無色透明であることは決してない。名はつねに何かを意味する」*3と言いました。以下では、『安達としまむら』に登場するキャラクターの名前の由来を見ていきます。

 まずは非主要人物について。入間人間WIKIイルティマニアによると、日野、永藤、サンチョ、パンチョ、デロスはスーパーファミコンRPGLIVE A LIVE』に、ヤシロは愛知県名古屋市南区本星崎町に位置する神社に由来するようです。当該wikiには樽見の由来についての記述はありませんが、作者の出身地である岐阜県に同名の駅が存在しており、恐らくそこから取られたと推察できます。どうやら作者には、キャラクターの名前を卑近なものから取る傾向があるようです。

 それでは、安達の名字の由来はなんでしょう。過去、作者はあとがきで「『ゆ〇〇〇みたいなのを書いてくれ』と編集に頼まれたので、書いてみました。でも後から考えると参考にした漫画のタイトルが一文字違ったかもしれない』(1巻、242頁)と述懐しています。もちろん、この「ゆ〇〇〇」は『コミック百合姫』にて連載されている、なもりの『ゆるゆり』であり、「タイトルが一文字違った」漫画は、同作者が同人時代に手掛けた短編集『ゆりゆり』であると推察されています。

 そこで『ゆりゆり』を開くと。

 

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なもり「ゆりゆり1」『ゆりゆり』、一迅社、2012年、15頁

 同姓のキャラクターが確認できます。本文より、安達百花(以降、『安達としまむら』の安達を「安達」、『ゆりゆり』の安達を百花と表記)は、広瀬咲良と高校からの仲であること、彼女にべったりであること、またヤキモチ焼きであることが分かりますが、これらは安達にも共通すると言っていい特徴です。安達と百花の容姿、雰囲気がどことなく似ていることも考慮すると、安達の名字(もしくは安達というキャラクターそのもの)の由来はほぼ『ゆりゆり』確定と言っていいでしょう。

 ……というような推測を2020年の終わり頃からずっと正しいと思っていたんですが、つい最近、作者から真の正解が発表されました。

kakuyomu.jp

 氏によれば「安達」という名字になった理由は、作品を「書いていた当時にH2を読んでいたから」とのこと。『H2』はあだち充のマンガですね……なんじゃそりゃ。『安達としまむら』のキャラクター名には、概して強い意味はなさそうです。

 

 本題に移り、しまむらの由来について。ご存知の方も多いと思われるので結論から言うと、彼女の名前は過去に実在した文芸評論家・島村抱月(1871-1918)に由来します。過去、しまむらの名前の由来に関する読者の質問に対して、作者が以下のように回答していることがその根拠です。

質問

島村抱月という名前は文学評論家か某アイドルか何か引用元があるのですか?それともたまたまかぶっただけですか?

 

回答

実在の人物から引用しています。で、アイドルにもそんな名前の方がいるとは知りませんでした。すごい名前ね。というかその方は男性か女性、どちらなのでしょう。*4

 しまむらの名前の由来は確定したので、次は「しまむらを〈島村抱月〉と命名した意図はあるのか」という点について検討しましょう。そのためにはまず、実在した島村抱月を紹介する必要があります。 

 

島村抱月

略歴

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出典:抱月全集 第4巻 国立国会図書館ウェブサイト「近代日本人の肖像

 島村抱月(1871-1918)は評論家、美学者、小説家、英文学者、新劇指導者である。本名を瀧太郎と言い、現在の島根県金城町にて佐々山一平の長男として生まれ、後に検事・島村文耕の養子となる。

 明治24年10月、東京専門学校〔早稲田大学〕の文学科に入学し、卒業後は坪内逍遥の下で「早稲田文学」の編集に携わった。28年には文耕の姪・島村イチ子と結婚。31年には母校の文学科で教鞭をとる。

 35年から東京専門学校の海外留学生としてイギリス及びドイツに留学し、美学、心理学、芸術史などを学んだ後38年に帰朝。

 39年には師の坪内逍遥を助けて文芸協会の幹事になると共に「早稲田文学」を再興。『文藝上の自然主義』、『自然主義の価値』、『序に代へて人生観上の自然主義を論ず』などの論文を発表し、自然主義論を展開する。

 逍遥との思想上、芸術観上の対立や女優・松井須磨子との恋愛問題を経て、大正2年に文芸協会幹事を辞める。その後、須磨子と芸術座を起こして新劇運動に尽力するも、7年に流行性感冒から肺炎を起こして急死。

 

【参考文献】

近代文学社編『現代日本文学辞典』、河出書房、1951年

磯田光一 他編『新潮日本文学辞典』、新潮社、1988年

 近代日本において幅広い分野で活躍した人物です。一般には、『カチューシャの唄』で一世を風靡した須磨子との恋愛問題で有名でしょうか。ちなみに2021年は抱月生誕150年にあたります。2021年にアニメ『安達としまむら』を放送していたら良かったのに、と思わないでもないですね。

 問題の命名意図について移りましょう。意図を探るにあたって、まず筆者は「『安達としまむら』は、須磨子と抱月の恋愛を現代風にリメイクしたものである」という仮説の下、抱月に関する文献を読み始めました。諸々の文献を一通り読み終えて分かったことは、ある一点を除いて両者にはクリティカルな共通点がなく、上記の仮説には説得力がないということでした。

 というか、実は過去に読者の質問に対して、作者が以下のように回答しています。

質問

しまむらの名前を歴史上の人物からつけたのは何か理由があったりするのですか?

 

回答

いえなんとなくノリで……しまむら家のお父さんあたりが好きなんじゃないでしょうか。*5  

 筆者がこの事実を知ったのは文献を一通り読み終えた後だったので、割とショックでした。それはさておき、作者によれば、〈島村抱月〉と命名したことについて特に理由は無いとのこと。異なる質問者からの質問に対しても、「なんとなくです。」*6と同様の回答しています。これらの回答や先にあげた著者の日記を信用する限り、しまむらの名前が〈島村抱月〉であることに強い意味はないように思えます。

 しかしながら、以上を持って抱月としまむらには一切のかかわりが無いとしてしまうことに、筆者は反対です。というのも、(それが意図されていないとはいえ)抱月としまむらには奇妙にも明確に共通する点が1つあるからです。その共通点はある意味で抱月の批評理論の核を成すものであり、後述する理論の理解を助ける側面もあることから、次節では、その共通点を軸にしまむらと抱月の人物像を見ていきます。

 

抱月としまむら

 結論から言えば、筆者の考える抱月としまむらの奇妙な共通点とは、厭世観です。まずは、さまざまな資料から見えてくる抱月の人物像を確認しましょう。

 

 一言で説明すれば、抱月は「アンニュイな厭世的な、どこか投げやりみたいな」*7人物でした。抱月研究の第一人者である川副國基は、「抱月は性來、明るくなれないどこか陰鬱な感じの人であ」り、「暗い宿命的人生觀、聰明さから來る人生へのアンニュイ」*8を抱えていたことを指摘します。抱月と同じ時代を生き、一定の親交があった正宗白鳥も「人生に対して欠伸をする」*9ような態度が抱月にあったと回顧しています。

 このような彼のアンニュイ、厭世観の背景には、幼年期の困窮があったと考えられています。隅田によれば、抱月(佐々山)一家は鉄山経営に従事していたものの、抱月が生まれた翌年に発生した浜田地震によって大打撃を受け、再起不能になったことに加え、抱月の父・一平が株相場に手を出して莫大な借金を抱えてしまったことから、住居を転々とし、賃雇いでの苦しい生活を送りました*10。川副は、抱月の幼年期における不遇な境遇と生来の感性や聡明さが相俟った結果、「彼をして常に人生の暗黑面に透徹した眼を向けさせ、人間生活の隅の隅、底の底までを冷たく見通させることとな」り、「次第に抱月の人生に對する熱情の喪失となって表われ」*11るようになったと見抜きます。

 文芸評論家の中村光夫は、「無理想・無解決」という抱月の提唱した自然主義文学の理念を象徴する作品として徳田秋声の『黴』を挙げ、「光明のない生活に無感動に堪えて行く」*12姿が克明に描かれていると評しましたが、とりわけ文芸協会の幹事を務めていた頃の抱月もまた、そのような灰色の生活を送っていました。

 

 そして抱月と同様に、しまむらもまた灰色の生活を送っていたことは、小説『安達としまむら』の読者であれば容易に想到されますね。

 『二等辺トライアングル』では物事に対する「自身の関心の希薄さには薄々と自覚があ」り、休日も「ぼーっとしていることが多い」ため、「時々、自分の指先が細く、薄っぺらいものに見える」(1巻148頁)ことが本人の口から語られます。安達からも「寄りかかったら受け止めてはくれるけど、自分からは誰にも寄っていこうとしない」(1巻108頁)、「しまむらは一体、どんなことに興味を持っているんだろう。以前に聞いても『あんまり』とか『なんだろ』と本人が首を捻るばかりだった」(1巻126頁)と言及されている通り、しまむらの無関心・無感動といった特徴は各所に見られます。

 加えて「一章『私に相応しいチョコを決めてください』」では、自身にとって「毎日というのは灰色が延々と縄のように続くもので」(3巻32頁)あると厭世的な人生観を抱えていることが明言されています。6巻までのしまむらは、まさに光明のない生活に無感動に堪える灰色の生活を送っていたわけです。

 

 このように、 抱月としまむらは両者とも灰色の生活を送っており、そのために人生に対して厭世的であるという点で一致を見ることがお分かりいただけたかと思います。

 また、この厭世的という特徴は後述する抱月の批評理論を理解する上で大事な視点でもあります。何故ならば、彼の批評理論は「生の理想とすべきものは何であらうか。少しも分かつて居ない」(『序に代へて人生觀上の自然主義を論ず』)自分が、どうすれば「凡てを是認して安心さする統一目的又は統一動機」(『懷疑と告白』)を手に入れられるだろうか、という点に重きを置いているからです。そして、その理論を用いて『安達としまむら』を批評するということは、「生の理想」となるような「統一目的」を探すことをテーマとして掲げた作品として『安達としまむら』を捉える、ということを意味しています。

 

  次節では、抱月の文芸批評理論を用いて『安達としまむら』を捉え直すことを中心に話を進めていきます。

 

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島村抱月の墓、豊島区雑司ヶ谷霊園、2021年1月25日、筆者撮影。

遺骨は2004年に故郷の島根県金城町へ里帰りしている。

  

美学的文芸批評理論

 抱月の生涯は大きく「海外留學までの文藝批評家・作家・研究家としての第一期、歸朝より藝術座組織までの自然主義評論家としての第二期、沒年まで、新劇運動家としての第三期」*13に分けて考えることができます。

 美学的文芸批評は、この内の第一期から第二期にかけて執筆された『審美的意識の性質を論ず』(明27)、『新美辞學』(明35)、『美学と生の興味』(明40)、『自然主義の価値』(明41)、『懐疑と告白』(明42)を含む種々の論文を執筆する中で段階的に形成されたものです。本稿ではそれらの論文を主な参考文献とし、抱月の美学的文芸批評理論にのっとって『安達としまむら』の批評を試みます。なお、抱月による諸論文および美学的文芸批評理論の解釈は、岩佐壯四郎『島村抱月の文芸批評と美学理論』*14に大いに拠っています。

 ところで、美学的文芸批評とは抱月自身によるネーミングではありません。抱月の批評が「美についての原理的理解を主軸に据え」*15て展開されたことを考慮して、岩佐がそのように称しています。事実、抱月の批評理論は当時として最新の心理学や生の哲学を駆使しつつ、美学についての豊富な知識によって裏打ちされた彼独自のものとなっています。

 そこでまずは、批評理論の基盤を成す2つの前提について、スピノザ『エチカ』を補助線に説明しようと思います。また、本稿の目的はあくまで『安達としまむら』の批評ですので、理論の細かい部分は出来る限り省略して分かりやすさを優先しました。より詳しく知りたい場合は、原著に当たることを強く推奨します。

 それでは前提①、心身並行説の説明から始めましょう。

 

前提① 心身並行説

 「美」とはなんでしょうか。私たちがあるものを「美しい」と感じるとはどういうことでしょうか。抱月の卒業論文『審美的意識の性質を論ず』は、この難問に主観の面から答えようと試みたものです。彼の美学研究の始まりであると同時に、批評理論の原理を支えることとなったこの卒業論文で、抱月は、「美」という現象は私たちの主観の面、すなわち「心のはたらき」によって成り立っているのだということを論じました。

 ところで、その「心のはたらき」を説明するには、当然ながら「そもそも心とは何であるか」が説明されていなければなりません。この「そもそも心とは何であるか」を説明するために抱月が依拠したのが、心身並行説という考えです。

 

 一般に私たちは、私たちの脳(そして脳によって生み出される心、意識)が命令を出すことによって、私たちの身体を動かしていると考えていますね。そのような一般的な認識と、心身並行説は全く異なる立場を取ります。心身並行説では、心と身体とは同一の事物が2つの仕方であらわれたものに過ぎず、それらはお互いに干渉することなく並行して(対応する形で)進んでいると考えます。簡単に言えば、私たちの心は心で他の心的現象と相互に作用して進行するが、心が体に作用(命令)するようなことはないのだ、ということです。同様に、身体は身体で他の物理的現象と相互に作用しますが、心に影響を与えることはありません。 

 このような心身並行説の主張からは、2つの疑問が浮かびます。1つは「心が身体に命令をしないというのは、私たちの直感に反していないか?」ということ。もう1つは「心と身体の元である同一事物とは何か?」です。順に見ていきましょう。

 

 心身並行説では「心と身体はお互いに干渉することがない」とされます。そんなこと言ったって、現に心の中で「右手を動かそう」と思えば実際に右手が動くじゃないか、と思うでしょう。心身並行説を唱えた人物として最も有名なスピノザは、その疑問にこう答えます。その右手の動きは何か他の物理的作用によって引き起こされたものであり、意志によるものではないのだ。私たちのあらゆる行為は物理的な作用が原因となって発生しているが、実際に何が原因となっているかを私たちが知ることは、数多の要素があまりに複雑に絡んでいるために不可能である。そして、まさに原因を知らないというそのことのために、私たちは行為を自分の意志によるものだと勘違いしているのである(『エチカ』第2部定理35備考)。私たちに自由意志は存在しておらず、せいぜい身体の活動を認識しているに過ぎない(『エチカ』第2部定理19の証明)。

 このような自由意志を否定する主張は、直感にかなり反するように思われます。しかしながら、例えば脳神経科学の分野には、私たちが自分の行為を促す意志や願望に気付く以前に、その行為をするための準備活動が脳内で無意識に開始されていることを裏付ける証拠が存在します。この話でよく引き合いに出されるのは、生理学者ベンジャミン・リベットによる実験です。彼の実験は、私たちが「行為を実行しようとする自分の意志や意図に気付く四〇〇ミリ秒ほど前に、〔脳内の〕自発的なプロセスは無意識に起動し」*16ていることを示しました。これは一般的な認識とは逆に、行為が意志に先立っているということを意味します。ある行為につながる自発的なプロセスは無意識に起動する……。直感に反するこの結果がそれまでの自由意志論争に衝撃を与えたことはよく知られています。

 自由意志の存在についてはこれ以上深入りせず、スピノザおよび抱月にしたがって、身体と心はお互いに干渉しないのだと考えることにしましょう。ただし、1つだけ注意すべきこととして、心身並行説では”意志”の存在は否定されますが、”意識”の存在は否定されません。「何かをしよう」と思うよりも前に行為は始まっているため、”意志”が存在すると考えるのは幻想ですが、ある行為がなされていることを”意識”する主体は当然に存在しています。抱月の言葉を借りれば、「身より心を動かすといふことなく、心より身を動かすということなし。心身は相交渉するものにあらず。……意識といひ心といふは、たゞ吾人が肉身に於いて營むの活動を、開眼して一々自覺するの狀態に過ぎざるなり」(「第三編 美論」『新美辭學』)。

 

 自由意志とともに説明されなければならないもう1つの疑問は、「同一の事物」です。心と身体とは同一の事物が2つの仕方であらわれたものであることは既に述べました。それでは同一の事物とはいったい何なのか。スピノザが「神」と呼んだそれを、抱月は「真我」とか「絕對的本體」(あるいは省略して「絕對」とも)と呼びます。彼によれば、真我は「唯一にして自主圓滿の姿」ながら「心行所滅、言語道斷」、すなわち人間の理解を超えたものです。真我は完全な存在でありながら、それがなぜ存在して、なぜ心と身体とをあらわし、何を目指しているのかは人の知識の及ぶところではないのだ、と抱月は言います。要は分からないってことですね。

 流石にこれでは自分自身も納得できないと感じたのか、彼は身近な存在に目を向けることから始めて、真我の目的をなんとか推測しようと試みます。まず、私たち人間について言えば、「何の目的ありて種々の生を斯の世に寄するか、遂に知り難」く、「唯知る所は、生を保たんと欲するが故に生を保つといふ」他はありません。同様に「木は木ならんと欲して生じ、草は草ならんと欲して生ずというの外はなし。萬物は萬物たらんの目的によりて萬物たり」です。これをそのまま当てはめると、真我が存在して心と身体をあらわしているのもまた、真我が真我であろうとするためだと考えられます。このようにして、抱月はさしあたり「絕對は絕對なるを以て其が目的となす」としました。

 同一事物に関する点をまとめると、心と身体の元である同一事物=真我は「唯一にして自主圓滿」の存在であり、かつ自身であること自体を目的とします。そのため、生物・無生物を問わずありとあらゆるものは、自己の保存維持、すなわち出来る限り完全な自分自身であり続けようと努めるものである。いやむしろ、自分自身であり続けようという過程そのものが自身の存在を証明するのだ、というのが抱月の考えです。

 

 以上が前提の1つ目、心身並行説です。特に①心は意識に過ぎない、②「唯一にして自主圓滿」の真我、という2点は抱月の理論を理解する上で抑えておいて欲しいポイントです。ところどころ不明瞭な点(例えば、なぜ真我が完全な存在なのか、そもそも完全とはどういうことなのか)もありますが、それらについては次節で詳しく説明するので、今は頭の片隅に置いておきましょう。

 

前提② 精力需給説

 心身並行説の立場では、心が命令を出して身体を動かすことはありえませんでした。それでは、心に代わって私たちの身体を動かしているものはいったい何か。本節では、抱月が考える身体活動のメカニズムについて説明します。

 心という精神的な作用が身体に影響を与えない以上、身体が動く理由は物理的な作用に求めざるをえません。そこで抱月は私たちの身体が動く理由を「精力需給説」、ひらたく言えばエネルギー保存の法則で説明します。

 彼はまず、色や声などを含むこの世のあらゆる現象は「畢竟分子の運動のみ」で説明できるものであると確認します。そして、分子の運動から生じるエネルギーによって引き起こされた現象がまた他の現象を引き起こし、またその現象が……というエネルギーの流れが無限に続くことから、「宇宙は無量の節奏ある一大活動」(『審美的意識の性質を論ず』)だと考えます。これは人間の身体も例に漏れません。「さて人間もこの裡に起伏する一の現象なりとせば、一身体、乃至脳中枢は、他と移らざる本自の活動ならざるべからず」(同上)。これをより具体的に言えば、以下のようなことです。

肉體についていふときは、或は末端神經の活動よりして中樞神經の活動に及ぶものあり、或るは單に中樞部のみの活動に止まるものあり。兩樣幾多の活動はさらに聯合して複雜なる活動をもなす。或るは外より内に向かふもの、或るは内より外に向かふもの、脳の作用あり、心臓の作用あり、筋肉の作用あり、一切身體の活動は一大系統をなし一大組織をなして、吾人の生活を成就す。人生はたゞ斯くの如き範圍に於て完結す。(「第三編 美論」『新美辭學』)

 私たちの身体は宇宙というダイナミックな一大活動の一部に位置し、外部から様々なエネルギーを受け取っては末端神経から中枢神経に及ぼしたり、内部で相互に影響を与えたりしながら、またそのエネルギーを外部へ伝え返しています。そしてこのように、エネルギーが絶えず供給されては消費されていく大きな1つの流れに乗るような形で、私たちの身体は活動しているのだと抱月は考えました。

 

 このようなエネルギーのやり取りとは、より普遍的に言えば、複雑かつ無限に続く因果のつながりです。つまり、非常に多くの原因が複雑に絡み合うことによって1つの結果が導かれるとともに、その結果がまた原因となって他の様々な原因と絡み合い結果を引き起こす、という流れが永遠に続くということです。これを理解するのに適した文章として、上野によるスピノザ『エチカ』の解説を引きましょう。

 大気中のさまざまな粒子が局所において協同し、すべてが同時に一つの結果の原因のようにふるまい始めるとき、そこに台風がある。同じように、様々な個体が一定の協同関係に入るとき、そこに私の身体がある。一般に、下位レベルでの物質諸部分が協同してある種の自律的なパターンを局所に実現しているとき、その上に(現代風に言うなら)上位の個物ないし個体特性がスーパービーン(併発)している。電光掲示板の発光諸部分が一定の協同パターンを呈するとそこにメッセージがスーパービーンするように。同じことはそれら下位レベルの構成諸部分のそれぞれにも言えるので、やはりそれら部分になっている個物もみな、さらに下位のレベルの諸部分の協同パターンの上にスーパービーンしている。そしてさらに……と続き、最後はもはや静止と運動ないし運動の速度でしか互いに区別できない「最単純物体」のゼロ・レベルが広がっている。*17

 数え切れないほどの器官が協同することで人間の身体がスーパービーンします。さらにその人間が何千、何万と集まって協同することで社会がスーパービーンします。複数の個体が協同することで、上位の1つの個体を形成する……。抱月はこのシステムを指して、全ての存在は「全より見るも、はた分より見るも、ともに自主圓満の個体」(『審美的意識の性質を論ず』)だと考えます。例えば、身体のレベルから見れば身体はそれ自体として完全な1つの個体ですが、器官のレベルから見れば身体は複数の個体によって構成されていますし、社会のレベルから見れば身体は全体の一部に過ぎません。そして、そうであるにもかかわらず、いずれのレベルにおいても身体は1つの完全な個体として存在しています。同じことは宇宙にも言えるので、「我は大宇宙の平等に対しては、差別の一分なれど、自己を小宇宙の地に立てゝいふときは、衆差別を自己に統べて、自己を平等主宰の地に置かんとすること、大宇宙と異ならず」(『審美的意識の性質を論ず』)と言えます。

 前節で、真我とは「唯一にして自主圓滿」の存在であると言っていたのも、この意味においてです。身体は複数の器官で構成されていますが、それらはただの寄せ集めではありません。心臓、肺、肝臓、腎臓などの器官はそれぞれ単体で存在するようなことは想定されておらず、お互いにお互いを前提しあい、相互に作用しあうことで1つの身体を構成しています。しかも1つの身体を構成する諸器官は、その身体において唯一の存在であり、他の身体から持ってきた器官では基本的に代わりが出来ません。まさに「唯一にして自主圓滿」です。

 以上のように、エネルギーの供給・消費という流れは単発的なのものではなく、全体として1つの大きな系統を成していると同時に、その流れの一部分をどんなレベルで切り取っても、ある共通の理念(例えば、器官の理念は身体)のために複数の個体が協同する組織として成り立っている、という不思議なことになっています。「一切身體の活動は一大系統をなし一大組織をなして、吾人の生活を成就す」ると抱月が言っているのは、事物が以上のような構造を持っていることを踏まえています。

 これが前提の2つ目、精力需給説についてです。

 

 さて、以上2つの前提を総合すると、ある1つの不穏な帰結が導き出されます。

 あらゆるものは「唯一にして自主圓満の姿」で、複数の個体が協同することによって成り立つ1つの組織として存在していました。そして複数の器官の協同の結果が身体であるということは、例えばある身体が存在しているとき、その身体は存在するために必要なものを全て備えているということを意味します。すなわち、身体は自身が存在するために必要な器官を必ず備えるということです。これをより普遍的に言えば、ある1つの完全な個体が存在しているということは、それを構成するあらゆるものは必然性に基づいて生成したということになります。ここから、いま私たちが存在しているのもまた、宇宙が存在するために必要だったからだということが言えます。つまり、宇宙が存在するために、私たちが生まれることは必然的に決定されていたということです。

 また、あらゆるのは一方ではそれ自体完全なものとして外部からのエネルギーを黙々と受け取っては伝え返す自律的な存在として動きながら、他方ではより大きなレベルに組み込まれ、合目的的にはたらくものでした。身体において心臓の持つ役割が決定されているように、身体が上位のレベルにおいて持つ役割は事前に決定されているということです。このように合目的的で精巧な作りをしていながら、それ自身として意志や目的を持たずにはたらくという意味で、身体はまるで機械のように見えます。抱月いわく、「人間を一大機械と見るもの、決して偶然にあらず」(「第三編 美論」『新美辭學』)。

 すると、これらの前提からは、私たちは生まれた瞬間から、より大きいレベルの個体の一部という役割を担って生きることが決定づけられていたのだ、という何とも受け入れがたい不穏な帰結が導かれることになります。そしてこのような観点から、抱月の話は決定論に派生させることが可能です。次節では、スピノザ・抱月・『安達としまむら』を決定論と自由意志という観点から比較してみましょう。

 

決定論・運命論・両立論

 これまで、抱月の理論が拠って立つ前提について確認してきました。そしてその前提から導かれたのは、人間という存在は自身よりも大きな有機体である大宇宙の一部として、自身の意志や目的に関係なく働く「一大機械」であり、そう生きることが決定されているという不穏な帰結でした。

 しかしながら、決定されているということは本当に私たちの忌むべきことなのでしょうか。私たちの行為や意思が決定されているとすれば、私たちに自由はないのでしょうか。

 ここからは決定論と自由意志という観点から、スピノザ・抱月・『安達としまむら』の比較を試みます。本来、ここで筆者が取り上げるほどに決定論と自由の問題は単純なものではありませんが、そんな事を言っては何もできないので、本稿では決定論・運命論・両立論の最も基本的な主張を紹介するにとどめて話を進めようと思います。記述に際しては、戸田山和久『哲学入門』*18および、木島泰三『自由意志の向こう側』*19を大いに参考にしました。加えて、ここからようやく『安達としまむら』の話が少しずつできるようになります。

 

スピノザ決定論

  まずは決定論から始めましょう。(因果的)決定論とは、人間の行動や思考を含むあらゆるものは自然法則によって決定されており、そのために「~であったとしてもおかしくない、~だったかもしれない」という可能性はありえず、物事は起こるべくして起こるか全くの不可能であるかのいずれかしかないとする思想です。これまでも何度か言及してきたスピノザという哲学者は決定論に属します。彼によればあらゆるものは必然的に存在し、その存在が偶然のように見えるのは私たちの認識の欠陥=無知によるに過ぎません(『エチカ』第1部定理33備考1)。

 また、彼を含む決定論者の多くは自然現象に目的を見いだすことを否定します。「四原因説」を主張したアリストテレスは、運動を不自然な状態から自然な状態への復帰(例えば、土の元素を持つ石はそれが投げられた場合、本来の居場所である地面にとどまろうとするがために落下するなど)として捉え、そこに目的を見出していましたが、スピノザはそのような目的観を徹底して排除しました。どういうことか。

 決定論では、物事がどのような経過をたどるかは全て決定されていると考えます。これは例えば、選択肢Aと選択肢Bが存在するとか、さらに進んで、選択肢Aよりも選択肢Bの方が好ましいからBを選ぶというような価値判断が最初から存在しないということです。そのため、ある物事の結果について「何故AではなくBが選ばれたのか?」という理由=目的が入り込む余地はありません。スピノザいわく、「実際、どんなものも、その本性において見れば、完全だとも不完全だとも言われないであろう。特に、生起する一切のものは永遠の秩序に従い、一定の自然法則に由って生起することを我々が知るであろう後は」(『知性改善論』第11段)。決定論者の多くが目的観を排除するのはこういう理屈です。少し話が戻りますが、真我が「唯一にして自主圓滿」であるのはこの理屈も絡んでいます。そうでしかありえなかった、という意味で「唯一にして自主圓滿」というわけですね。

 以上が決定論の紹介になります。

 

 ここで言及したスピノザに限らず、西洋では古くから様々なタイプの決定論が議論されてきました。その一方で、少なくとも文壇に限って言えば、抱月の生きた近代日本では決定論や自由意志といった議論は盛んではなかったようです。例えば、日本自然主義文学は科学的決定論を内包したフランス自然主義文学の影響を部分的にしか受けず、むしろ自己の内面を赤裸々に告白する私小説へと舵を切った、というのは一般的な見方です。

 とはいえ、坪内逍遥小杉天外、長谷川天渓といったごく一部の文人に限れば決定論を前向きに理解しようと努めた人々も存在していました*20。逍遥に師事していた抱月もまた、熱心にではないにしろ、決定論と自由の問題について自身の考えを持っていたと言っていいでしょう。実際、抱月の思想には決定論的な側面を見いだすことが出来るのは既に示した通りです。宇宙の一部として合目的的にエネルギーをやり取りする点において、抱月は「人間を一大機械と見るもの、決して偶然にあらず」と述べていました。このような思想からは、確かに決定論の香りがしてきます。それでは、ここから抱月を決定論者と見なすことは妥当でしょうか。

 筆者はそうではないと考えます。抱月は決定論というよりも、さらに諦観的な立場に近いというべきです。次節では決定論と運命論の違い、そしてそれらをめぐる抱月の立場について言及します。

 

抱月と運命論

 抱月は『現代の藝術と宿命觀』で、今の日本人の多くは「幾らあせつても機械のやうに極つた運命が何處かにあるのだから仕方が無い」とする運命論(宿命論)を信じており、強いて言うならば自身の立場もまた「宿命敎と云ふものが一番手近いやうに思ふ」と述べています。以下では、抱月の言う運命論(宿命論)とはどのようなものかを取り扱います*21

 運命論は、人間の意志や意図を超えてその将来を否応なく決定する強制的な仕組みがあり、世界はその仕組みにしたがって進行しているとする立場です。意志や意図を超えた強制的な決定、すなわち自由意志を認めないという点で運命論と決定論は一致していますが、木島によれば、運命論は「本質的に目的論の一形態として解される思想である*22という点で決定論と区別されます。抱月を運命論者だと筆者が見なす理由もまた、彼が暗に目的論を認めているように思えるからです。説明しましょう。

 既に述べたように、決定論では、自然現象にさえも目的を見出そうとする目的観は排除されます。対して運命論では、人間には理解できない何者かが得体の知れない目的を目指して、私たちの将来を決定しているのだと考えます。このような意味での「運命」を描いた作品として、ソフォクレスオイディプス王』が有名でしょう。これは、「お前は自分の父親を殺して母親をめとるよ」という神託を受けた主人公オイディプスが神託を回避するために努力するも、その努力が返って神託を実現させる方に向かっていたというお話です。運命論ではこのように、私たちの人生が時として非常にままならないのは、『オイディプス王』における神のような人間には理解できない何者かによって、覆せない形でその帰趨が決定されているためだと考えます。

 ところで、抱月の心身並行説において、私たちの心と身体の元である真我が登場したことを覚えているでしょうか。抱月によれば、真我は「心行所滅、言語道斷」の存在でしたが、これはまさに運命論における「人間には理解できない何者か」と言って差し支えないでしょう。また真我の目的はそれ自身であることだとさしあたって確認しましたが、これはあくまで推測によるものであり、実際の目的は分かるものではありません。分かることは、とにかく真我にはなにか目的があり、その目的を果たすために私たちは生きているということだけです。抱月によるミレー『晩鐘』の批評には、この価値観が色濃く表れています。

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ジャン=フランソワ・ミレー《晩鐘》
1857-59年、 油彩・カンヴァス、55.5×55cm、オルセー美術館

滿幅鳶色がゝつた田園の夕暮れに、若い夫婦の百姓が一日の勞作を了へて、農具を側に、一籠の薯を中に置いて、相對して心から敬虔の祈を天に捧げてゐる。斯くして一日も無事に暮れた神の惠を思うて、謙遜な彼等の心には油然たる感謝の情が湧く。併しながら其の四圍の配色光景は、人をして深い/\一種の哀愁に堪えざらしめる。生の苦みは日に/\彼等の若い血を涸らして行く。地も、草も、人も、生活といふものに疲れ果てゝ、やがて彼方の寺から響き來る夜の鐘の音をたよりに、一夜をせめて安らかに休息せんとしてゐる。人間は何故に斯うしてまで生きて行かねばならぬか。分からぬものは運命の意味である。(『美學と生の興味』)

 運命論者が考えるような「『神のみぞ知る』運命あるいは運には、何か積極的に隠された、根本的に知りえない定めだ、という意味合いがある」*23と木島は言いますが、これは上記の批評とぴったり重なります。真我が何であり、その目的が何なのかはさっぱり分からないが、ともかく真我は目的を果たそうとしており、そのために私たちは困窮した人生を営むことが決定されている……。運命論の色彩を帯びた抱月の価値観には、既に述べた幼少期の辛い経験に起因する「人生に對する熱情の喪失」も大きく影響しているでしょう。人生に対する諦観と「一大機械」という決定論が結合した結果、抱月の思想は運命論に寄ったのだと筆者は考えます。

 そして後で詳しく取り上げますが、ここから抱月の批評理論は、真我の目的をどうにか知ることはできないか、すなわちどのように生きるべきかを示してくれる指針がありはしないかという疑問を解決しようとする方向に発展していきます。

 

 さて、ここまでスピノザ決定論、抱月の運命論を見てきましたが、決定論と自由の問題をめぐる他の立場に、両立論というものが存在します。そして筆者の見立てでは、『安達としまむら』という作品は両立論的な作品として捉えることが可能です。次節からは、両立論とはなにか、なぜ『安達としまむら』が両立論的と言えるのかなどについて説明します。

 

安達としまむら』と両立論

 先に両立論を紹介しましょう。両立論は、(すべてが決定されているかはともかく)私たちのあらゆる行為や思考は自然法則によって決定されているが、それでも私たちは自由でありうるとする立場です。端的に言ってこの立場では、決定論と自由が両立すると考えます。どういうことか。

 一般に私たちが「自由」と聞いてイメージするのは、意志の自由です。ある状況に遭遇したとき、今回は選択肢Aを選ぶが、やろうと思えば選択肢Bを選ぶこともできるというような状態を私たちは「自由」と呼びます。この、違うようにもできうるということを指して他行為可能性などと言いますが、日常で「自由」という言葉が使われる場合、大体は他行為可能性を意味しています。たしかに、この意味での「自由」は、行為や思考が意志以外によって決定されていると考える決定論と両立不可能です。

 しかしながら、両立論における「自由」はこのような他行為可能性ではありません。というより、私たちが求めている「自由」とは他行為可能性なんかではないのだ、と両立論では考えます。それでは、真に私たちの求める「自由」とはどういうものなのかというと、自己コントロールとしての自由なのです。そしてまた、この自由は決定論と十分に両立が可能です。やや長いですが、具体例を引いて説明しましょう。

たとえば君たちは、いつも水を飲んだり、飯を食べたりしていますね。恋愛もしていますね。その場合には、君たち自身、他人から強制されて水を飲みませんね。自由に水を飲んでいるわけでしょう。喉がかわいている時には、非常に喜んで水を飲みますね。……この場合、君はなぜ水を飲むのかといえば、体内に水分が欠乏しているからなのです。このような生理的必然性にもとづいて水を飲んでいるのです。……では、この場合、必然性と君たち自身の自由は対立するでしょうか。つまり、体内に水分が欠乏している、だから生理的に水を欲しているということと、君たちが喜んで水を飲むという自由な行為とには対立があるでしょうか。……この場合、必然と自由は対立しません。同じことですが、われわれに必然性がなければ、自由な行動も起こらないということがわかると思います。たとえば、水をいっぱい飲んできたとすると、その場合には、水はもう飲めません。……だから、生理的必然性が要求しないときには、主観的にも要求しないのです。ここでわれわれの必然と自由は対立しないものである、本質的に一致するものであるということを、銘記しておく必要があります。

 

……さらにいっておきますと、たとえば音楽の才能がある者が、音楽の勉強をできる場合には非常に自由を感じます。この場合、彼が何に従っているかといいますと、彼自身の音楽的才能、つまり彼自身の生理的な素質(必然性)に従っているわけです。これに従わない場合には、自由と必然との間に対立が生じるわけです。さらに、これは基本的な問題なのですけれど、われわれが自分の目的を実現しようと思う場合、その手段や方法がわかっていない場合には、自由と必然が対立します。非常にやりたいことがある、しかもそれは崇高な目的を持ったものである、しかし、どのようにそれをやってよいかわからなく、見通しが持てない場合、たいへんな苦悩を感じます。*24

 このように、自己コントロールとは、自分の都合の良いようにある対象を操作するという意味でのコントロールではなく、ある目的を達成するために、さまざまな状況に合わせて自身を適切に調節する能力のことを指します。戸田山の言葉を借りれば、私たちは「外部環境の情報(知覚)と内部状態の情報(欲求と信念)とを入力として計算を行い、その計算結果として行為を出力するシステム」*25です。そこでは、必要な情報が揃えばどのような行為がなされるかは1つに決定されます。そして、まさにそのシステムがあればこそ、体内の水分が欠乏すれば水を飲み、胃袋が空っぽであれば食事を摂るなど、自己の保存維持のために適切な行動を私たちは取ることができます。変化する状況に合わせて適切な行動を取ることで目的を達成するのみならず、その行動は強制的どころか自ら進んでなされるものなのです。これを自由と呼ばずして何と呼びましょうか。

 このように、私たちが自分の目的を実現するための必然性や具体的諸条件を正しく知れば知るほど、どうすれば良いかということが分かるので、ますます自由が増大します。その人がどの程度自由であるかは、その人が認識している必然性の具体的内容に依存します。すなわち自由とは、自己がどのような必然性によってコントロールされているのかを自覚しているということなのです。そしてこの自由があれば、他行為可能性など無くとも私たちは十分に幸福になれるのだ、というのが両立論の主張になります。

 

 それでは、『安達としまむら』と両立論の関係について話を移しましょう。既に確認したように、両立論は、私たちの行為や意志が決定されていても自由はありえるとする立場でした。そこでまずは、安達としまむら』が決定論を明確に肯定しているという証拠を示しましょう。本作品の登場人物であり、「世界というものを理解している」(8巻、37頁)ヤシロによれば、世界とは以下のようなものです。

「えーとですねー、そうですねー……世界というのは実のところ、そこまで融通が利きません。なにが生まれてなにが置かれて、日々どんなものを食べるのか。これ、どこの世界であっても大体同じになるのです。バナナがバナナであるためには、バナナたるための配分が必要ということですね。世界にも当然、その配分がある。それを満たさない限り、世界は枠組みを得られない。世界たり得ない。だから大体の世界は大体同じなのです。しまむらさんが安達さんと絶対に出会うのも、そういう世界だからというわけですね」(同上)

「丸を描くのに必要なものはなにか分かりますか?」

(中略)

「なにって、うーん……」

お難しい話は苦手だ。考え込んでいると、ヤシロが答える。

「必要なのは線です」

「そのまますぎた」

「一ヵ所でも欠けると、絶対に成立しなくなる」

(中略)

「さっき作った丸がこの世界そのもので」

「うん」

「欠けた部分がチトさんとシマさん(筆者注:別の世界のしまむらと安達の名前)だったと思ってくれたらいーです」

(中略)

「わたしたち、そんな重要?」

「ですぞ」

ヤシロがこくりと頷く。

「というか、どれも必要なのです。同じようなものを作るためには、全く同じものを用意する必要がある。その一つにあなたたちも当然含まれている、ということなのですよ」

(中略)

そういう相手なのですからきっと、どうあっても上手くいく。それも必然だと思いますぞ」(『安達としまむら アニメ特典小説③』7-9頁)

 ヤシロによれば、世界は自身が成り立つために必要なものを必然的に要請するものであり、その必要なものの中に、安達としまむらの出会いというのも含まれているため、安達としまむらはあらゆる世界において当然に出会うことになっています。すなわち、安達としまむらが出会うことは、彼女らの意志に関係なく、世界の仕組みによって決定されたことなのです。このように、『安達としまむら』は決定論を認めているということがお分かりいただけたかと思います。

 続いて、『安達としまむら』を両立論的作品として捉えられるかについて検討しましょう。両立論的であるか否かを判別するには、要は「安達としまむらは、その出会いからお互いがお互いに持つ感情まで、すべてが決定されているにもかかわらず自由である」ということを示せばいいわけですが、もはやこれは論じるまでもないでしょう。現に9巻の時点で彼女たちは幸せに暮らしていますし、仮に彼女たちが決定されていることを知って――例えば、世界の仕組みによってしまむらと出会うことは決定されていたのだ、ということを安達が知って――彼女たちが喜ばないかといえば、そんなことは全くないわけです。実際、安達は過去に、

 なぜしまむらとはあんなにも、隣同士でいられたのか。

 それはしまむらが、う、運命の相手、だからかも、しれない。

 喋ってもいないのに舌を嚙みそうだった。運命って。運命って!(3巻、93頁)

と言っています。安達はここで「運命」という言葉を使っていますが、ここでは特に目的観を絡めている(つまり、誰かが目的のために将来を捻じ曲げて無理やり決定している、と考えている)わけではなく、「とにかくそう決まっている」という程の意味でしか使われていないので、安達の念頭にあるのは運命論ではなく決定論であると考えるべきですね。以上を考慮すると、『安達としまむら』は両立論に拠っていると言って差し支えないかと思います。

 

 さて、決定論と自由の問題をめぐるスピノザ、抱月、そして『安達としまむら』の立場の確認が終わりました。ここからは、ようやく抱月の批評理論を用いた『安達としまむら』の批評に移りますが、その前に1つだけ。

 もしかすると、「運命論者である島村抱月の理論で、『安達としまむら』を両立論的作品として批評することは可能なのか?」と疑問に思う人がいるかもしれません。ですが、その心配はありません。

 たしかに、これまで見てきたように抱月自身は運命論の気が強いです。しかしながら、一方で彼の批評理論は、人生において「直下に心眼の底に徹するもので、同時に讚仰し羅拜するに十分な情味を有するもの」(『序に代えて人生觀上の自然主義を論ず』)がありはしないかを探る方法論に発展していきました。つまり、彼の批評理論の目指すところは、「私たちの心と身体とを統一する真我の目的とは何であるか。その目的を知ることで、私たちが人生を営む上での指針を手に入れることはできないだろうか」、というのを探る点にあるということです。そしてその姿勢は、自己がどのような必然性によってコントロールされているのかを知ろうとする点において、多分に両立論的と言えます。ここから、抱月の理論を用いて『安達としまむら』を批評することは、少なくとも不適切なことではないと筆者は考えました。

 

 次節では、抱月の批評理論と並行する形で『安達としまむら』を批評します。あらかじめ批評理論の概略を述べておけば、私たちが人生を営む上での指針となる第一義とは、日常の経験を直視することによって知覚されます。ただし、その知覚には観照という営みが不可欠であり、また観照を通したとしても第一義とは完全には知り得ないものです。そして、それが知り得ないものであるにもかかわらず理解しようと努めるパラドックスのうちにこそ、第一義は啓示されるのだ、というのが抱月の結論です。そして改めて述べれば、本稿の目的は、抱月の文芸批評理論を用いて小説『安達としまむら』を両立論的作品として捉えなおすことです。

 まずは第一義の説明から始めましょう。

  

安達としまむら』批評

第一義

 抱月が心身並行説に拠っていることは既に述べました。彼によれば、心と身体とは真我という同一の事物の2通りのあらわれかたに過ぎず、真我の「理想(=目的)」は「唯一にして自主圓滿」の存在として、既に決定された自己の必然性にしたがうことで自由に生きることでした。言い方を少し変えれば、それは「決定された自己」という統一された指針にしたがって生を営むということです。統一された指針にしたがった生き方ができると、自分に出来る(ように決定されている)ことが全て出来ているという意味で、全能の状態に近づきます。しまむらが「無敵ってこういうことなんだろうか」(8巻、203頁)と感じているのは、このような理由があるのです。そして、このように人生を営む上での統一された指針となるものを、抱月は第一義と呼びます。

 当然ながら、本作品においては、安達としまむらはお互いがお互いの第一義に当たります。第一義は人生の指針として私たちが進むべき方向を照らすものですが、その意味を汲んでか、『安達としまむら』では「太陽」や「光」がイメジャリーとして登場し、第一義を暗示します。本文を引いてみましょう。

 私はしまむらと出会って良い方向に導かれた。

 それは間違いない、と信じる。少なくとも前向きにはなったし、むしろ前のめりに倒れそうになっているときばかりな気もするけれど、毎日が明るくなったのは事実だ。

 しまむらは私の太陽だ。……言っていて我ながら恥ずかしくなる。

(中略)

 太陽に近づけば眩しくて、熱くて、とても辿り着くことはできない。

 それでも光を求めて伸びていくのが、地上の生き物だ。

 私は光を見つけられて良かったと思う。(3巻、71頁)

 脳が酸欠に悲鳴を上げるまで、叫び続けた。

 声と喉が嗄れる頃には耳鳴りが酷くなっていた。溜まっていた汗が一気に吹き出して、熱湯に塗れるようで。でも、目が冴えるようだった。目の奥に自前の太陽が生まれたのを感じる。

 煌々と、わたしの頭の中を照らしていた。(6巻、111-112頁)

 光や太陽が登場する場面は上記の引用以外にも登場するので探してみてください。いずれのシーンでも、それらは第一義の啓示という形で表れていると思います。

 

 第一義を知ることできれば、必然性にしたがって自由に生きられることが分かりました。ところで、自分にとっての第一義ってなんでしょうか。自分がどのように生きるべきかを知っている人って、どれくらいいるでしょうか。筆者の見立てでは、どうもそんなにいないように思えます。

 そもそも、第一義がすぐに分かれば人生に辛いことはないですね。デヴィッド・フォスター・ウォレスいわく、『銃器で自殺をする大人の大半が、自分の頭を撃ちぬくというのは、「最悪な主」を殺すためです。そして、そうやって己を殺める人のほとんどは、銃の引き金を引く前に既に死んでいるのです』*26。実際、しまむらも自身の人生の指針が安達であると8巻で「初めて思った」(8巻、203頁)わけで、気付くのに少なくない時間を要しています。ここから抱月の理論は、「自分にとっての第一義とは何なのか。どうすれば、盤石な人生を送る指針を知ることができるのか」という疑問に答えていく方向に進みます。

 

現實的光彩

 これは感覚的に納得できることと思いますが、それまで多くの人々が自身の第一義としていたのは神や道徳でした。すなわち、善く生きるのは死後救われるためであり、神や道徳はその指針として置かれていた、と。実際のところはともかく、少なくとも抱月はそう捉えていました。

 しかしながら、過去、生に意味と目的を与えてきたようなそれらの指針は、現代を生きる私たちはおろか、近代日本においても強い訴求力を持ちえていなかったようです。「必しも善人が榮へ惡人が亡びると云ふのでなくして、個人の意志と云ふものは蹂躙されて仕舞ふ」(『現代の藝術の宿命観』)ことを万人が知っている世の中にあって、抱月は以下のように言います。

朝たに善人となつて夕に則ち死し、昨日神に感じて今日則ち死するといふことは、決して我等の眞の滿足ではない。たゞ/\善人となり神となることを生の目的とするが如く說く道德說や宗敎觀に對しては、我等は少なからぬ疑を挾む。人生は今少しく現實的光彩を有し活動を有するものであつて欲しい。されば我等は生の目的を單に神といひ善といふこと以外に求める。(『美學と生の興味』)

 抱月によれば、神や道徳といったものは人生の指針=第一義を上から押し付けるようなことしかしないために、私たちの「現實的光彩」が無視されてしまいます。

 思えば過去においては、神や道徳といった第一義を、それが何であるか、本当に大事なものなのかということをよく知らないままに要望していました。しかし、それではダメじゃないのか。第一義とは「認識して而して要望するに非ずして、逆に先づ要望して而して認識するのでは無いか」(同上)、現に私たちが望ましいと思うようなものにこそ第一義の資格があるのではないか、と抱月は考えました。

 ここから、日々の現実を直視することによって、自らの手で第一義を選び取ろうとする方向に舵が切られます。第一義とは人から与えられるものではなく、数あるものの中から自己によって選び取るものだということです。

 

 それでは具体的にどうするのか。ここで一旦、心身並行説に立ち戻りましょう。私たちの意志によって身体は動いておらず、内から外に、外から内に絶えず供給されては消費されるエネルギーのダイナミックな流れの中で、私たちの身体は突き動かされていました。ここに1つ付け加えれば、抱月はエネルギーの供給、消費活動が活発であれば快楽、そうでなければ苦痛を感じるのだと考えていました。いわく、「精力需給の活潑といふこと、是れ人生の望みにして、この望み達せらるゝときは、滿足の聲を發す。快樂とは畢竟この滿足の聲に外ならず」(「第三編 美論」『新美辭學』)。そしてこの快楽こそが、第一義を感得するための道標となります。

快樂の眞の標準は……性の滿足是れなり。性とは吾人が造化(引用者注:宇宙、もしくは宇宙の創造主)の計画に導かれて、何物かを要求するの状態なり、いかなる方面にか活動し行かんとするの状態なり。心理学者の衝動というが如きもの、おそらくはこれに近からん。而して要求すなはち性が滿足するときは、快樂の感を生ず。別言すれば、快樂とは一活動が造化の計画、人生の目的に合するの際に発する火花なり、天地の理想が成就せられたる刹那の意識なり。(同上)

 人間の身体において心臓の果たす役割が既に決定されているように、宇宙という有機体の中で一個人が占める位置は決定されています。そして、私たちはその位置に応じて決定された役割を務めたいと無意識に欲求するものであり、衝動とはその欲求が意識化されたものだと抱月は言います。そのため、この衝動が満たされれば、私たちは快楽を覚えます。ここから、快楽を標準に第一義を知ることが出来るというわけです。

 

 衝動とは身体の必然的な欲求が意識されたものです。例えば、空腹を覚えれば身体は必然的に(そして無意識に)食べ物を求め、意識の上では「食べ物が欲しい」という衝動としてあらわれます。そしてこのように、さまざまな状況に合わせて自身を適切に調節することで目的を達成することを、両立論では「自由」と呼ぶのでした。以上を確認した上で、『安達としまむら』を見てみましょう。

「今日授業を受けようと、今日一緒に帰ろうなら、どっちがいい?」

 どうしてそんなことを聞いたか、よく分からない。ただわたしの中にはいくつもの空白があって、それは心の器官として機能している。その中のいくつかが、それを訴えていた。

 物足りないと。空腹感に似たそれが、わたしの背を軽く押した。

 昼休みが近いから単にお腹が空いていた。そんなのが真相かもしれないけれど。(1巻、35頁)

 あるいはこんなシーンも。

「やっぱり、全然、関係ない!」

 私と無縁のものばかりだった。

 独りに固執するのを改めてみんなと仲良く万事仲良く生きていければいい。

 悪くはないかなとも思った。

 でも、なにかが違う。違うって言っている。

(中略)

「今日だって!」

 今日だって、本当はしまむらと二人で出かけたかった。

 そっちの方が絶対に幸せになれるのが、分かりきっていた。(5巻、219-220頁)

 また、この意味での「衝動」とは見方を変えれば、物事というのは自然と正しい方向に向かうものである、という思想にも取れます。そのような思想が含意された発言をしまむらが度々していることは、『安達としまむら』の読者であれば容易に想到されるでしょう。

 人付き合いというのは自然に生まれるもので、労力を割くのはなんだか間違っている気がしてならない。(1巻、155頁)

 そこまでして遊ばなくてもいいのでは、とも思う。

 がんばって遊ぶ、がんばって楽しい。それは、なにかがおかしかった。(4巻、55頁)

「泊まると仲良く、なる、のかなぁ」

 しまむらが懐疑的に首をひねる。その疑問を勢いでごまかそうにも、私の言葉も重苦しい。(4巻、171頁)

 

 まとめると、 人間はそれぞれが占める位置に応じて決定された役割を果たしたいと無意識に欲求するものであり、欲求が満たされれば、私たちは快楽を覚えます。そのため、自分が何を快い、楽しいと思うかを基準にすることで、「現實的光彩」を無視すること無く第一義を知ることが出来るというわけです。

 しかしながら、これでは例えば「酒に溺れたい」という欲求も第一義の資格があるということになってしまいます。神や道徳の代わりにお酒を信じるというのは、少なくとも社会的には好ましいとされません。抱月もまた、「たとへば飮酒家の酒を味ふが如き快樂をば、美といはず」と考えます。それでは、第一義につながる快楽、言うなれば真の快楽とはどのようにして感得されるのか。抱月によれば、それは観照という営みを通してしか得られないものなのです。

 

観照

 なぜ飲酒が真の快楽ではありえないのか。抱月が言うには、人生の目的として「最劣等のものは唯眼前五官の局部的滿足のみを知りて、未だ其の以上の性を展開せず」(「第三編 美論」『新美辭學』、以下同じ)というものであり、「次てやゝ進めるものは、其の上に自家全體の保存といふが如き、一段高尚の目的を意識し來たる」ものだとします。「局部の官能欲よりも自家全體の保存の一層善に近きは、恐らく何人も自明とする所」だというのがその根拠です。以降、「自家全體の保存」から「種族慾となり、同類慾となり、所謂社會性に向か」うというように、目的は全的で好ましいものに近づくと言います。

 飲酒はこの内の局部的満足に当たります。飲酒に限らず、砂糖を舐めるのも味覚の局部的満足であり、名誉を得ても虚栄心の局部的満足でしかありません。私たちは日常生活において目先の利害得失を中心に活動していますが、抱月に言わせれば、そのような目先の快楽はすべて局部的なつまらないものであり、人生を指揮するような全的な快楽ではないのです。

  一般論を言えば、私たちは物事に真剣に取り組めば取り組むほど視野が狭くなり(主観的になり)、自身の行為や決断の当否が判断できなくなります。自分が今やっていることは正しいのか、この経験が自分にとってどんな意味を持っているのかということが分かるのは、大抵取り組むのをやめるか終えるかして一息つき、対象から距離を置いて意識しないでいる時(客観的になった時)です。そしてこれと同じように、抱月は、人生の全域にわたる快楽は目先の利害から離れないと分からないものなのだ、「たゞ一定の時處を距てて之〔人生、あるいは日常生活〕を過去生活にすれば、〔人生の〕味が意識されて來得る」(『藝術と實生活の界に横はる一線』、補足は引用者)と考えました。人生から距離をおいて眺めるというこの営みを、彼は観照と呼びます。そして、その観照によって感得された人生の味のみが、人生の指針となる第一義たり得るのです。要は、自身を第三者の視点から眺めないと、本当に大事なことは分からない、ということですね。

 

 なるほど、自己の利害にとらわれていては大事なことが分からない、というのは正しいかもしれない。しかしながら、人生の味が観照によってしか感じられないというのは本当にそうなのか。そもそも観照ってどういう営みなのか、距離を置くってどういうことなのか。観照について、もう少し考えてみましょう。 

 抱月によれば、観照によって人生の味が得られるというのは、「平日の思想の屈託が半意識裡に統一せられること、例へば我等が數學の問題を一生懸命で考へてゐる内は何うしても出來ないで、投げて置くと不圖獨りでに出來る」(同上)ようなものだそうです。ということで、ここで数学者・岡潔によるエッセイを引用しましょう。三大問題に腰を据えて取り組み始めた岡は、「その日の終りになっても、その方法で手がかりが得られるかどうかもわからないありさま」が3ヶ月続いた後、ようやく解決に至った当時のことを以下のように振り返ります。

ところが、九月にはいってそろそろ帰らねばと思っていたとき、中谷さんの家で朝食をよばれたあと、隣の応接室に座って考えるともなく考えているうちに、だんだん考えが一つの方向に向いて内容がはっきりしてきた。二時間半ほどこうして座っているうちに、どこをどうやればよいかがすっかりわかった。二時間半といっても呼びさますのに時間がかかっただけで、対象がほうふつとなってからはごくわずかな時間だった。……全くわからないという状態が続いたこと、そのあとに眠ってばかりいるような一種の放心状態があったこと、これが発見にとって大切なことだったに違いない。*27

 考えているのかいないのか分からないような半ば無意識の状態に、ふと解法をひらめいたということですね。抱月の言う「不圖獨りでに出來る」とはこのような経験を指しています。今までに考えていた対象から距離をおいて意識しないでいる、まさにその瞬間にひらめいたり、発見したり、到達するというこのような経験は、珍しいものではありません。筆者が知るだけでも、アルキメデスポアンカレ綱島梁川九鬼周造中谷宇吉郎アンドレ・ブルトン、ジェームズ.W.ヤング等々、同様の経験を報告した人物は結構います。学者に限らず、読者の方々にもこのような経験をしたことのある人は多いのではないでしょうか。

 面白いのは、心身並行説で紹介したリベットも無意識の思考プロセスについて言及していることです。『クリエイティブなアイデアや解決案を生み出すときの空想の大切さは、人にはなかなか説得力をもって受け入れてもらえません。私の妻は、私が書斎の机に向かっているのに、ほとんど何も書かずにいるのをみては、私が時間を無駄にして「仕事をしていない」ように思うようです』*28と彼は言っていますが、抱月もまた「手足を動かしてゐる間は、其の動いてゐる部面だけは眞實だが、覺醒、自照、自鑑、要するに意識といふ貴い部面に於いてまだ眞實の度に至つてゐないのである。眞實が此の部面に達した時手や藝の活動は休むかも知れない。けれども同時に我が心には今迄無かつた別の意識が眼をあいて來る」(『藝術と實生活の界に横はる一線』)と言っているのは非常に興味深い事実であるように思われます。

  まとめると、私たちは常に目先の利害得失にとらわれているために、人生の指針となる第一義につながる真の快楽を日常生活において知ることは非常に難しい。何が自身にとっての真の快楽なのか、自分にとって大事なこととは何なのかを感得するには、利害得失から離れた第三者の視点から人生を眺める、観照という営みが必要なのだ、というのが抱月の主張です。

 

 (個人的には、快楽を真なるものとそうでないものとで区別することが適切であるかは疑わしいのですが)ともかく大切なことは利害得失でなされるものではない、少なくともそうでないことが好ましいとされているというのは正しいと言えそうですね。『安達としまむら』も同じ立場に拠っているのは、本文から確認できます。

 交際は男女が基本。普通。でも仮に男子と付き合っても子供作るかといえば、こんな歳で作るわけがないし。同年代の男女はそれ以外の理由で好いた惚れたよろしくやっている。

 それなら、メリットの問題じゃないのだ。

 人付き合いってそういうもんじゃないだろう。

 わたしは、ゴンが大好きだった。今ならそれを認められる。それはなにか得があって始まったわけではなく、その毛並み、無邪気さ、仕草のすべてが愛らしかった。(6巻、218頁)

 それでは次に、第三者の視点から自身を眺める観照という営みが『安達としまむら』にどのように描かれているかを見ていきましょう。

 観照の具体的な方法は2つ挙げられます。その1つは文芸です。本を読んで深く考えさせられたという経験は、誰しもあるでしょう。抱月いわく、文芸は「成程斯んな人生もあるかと思ふと共に、それが直ちに人生全體の運命問題を提起して限りなく之れを思ひ廻らさしめる。讀み終つて卷を伏せると共に一種の瞑想的情緒は我れを駆つて樣々の人生問題に囘顧せざるを得ざらしめる」(『自然主義の價値』)ものですから、観照には最適と言えますね。

 『安達としまむら』にも、僅かながら読書シーンが存在します。4巻「三章『月と決意と』」を開いてみましょう。

 なんの気なしに本を手に取り、表紙を見る。カバーは外れていたけどタイトルと著者名が載っている。本はあまり読まないので詳しくないけど、橘川英次という作家の本らしい。

 栞の挟まったページを開いてみる。途中から読んだって話が分かるわけもないけれど、なんとなく目で追っていくと自然に視線がそこへ引っかかり、止まる場所があった。

 こんなことが書いてある。

『なぜ俺が走り続けるのかといえば怖いからに決まっていた。尻込みしている間に、自分にとっての明日が世界の機能になっていたらと日々恐れている。自分の知らない場所で起きた大きな変化に取り残されるぐらいなら、戦闘を走って自分からなにかを変えていく道を選ぶ』

 抽象的でよく分からない表現だった。この作品の主人公がなにを目指しているのかも、そこだけ読めば分かるはずもない。だけど、取り残される、という表現に目眩のようなものを覚えた。何度もそこだけを読み返してから本を置いて、その場に座り込む。

 自分の抜け出そうに不安な魂を見つめるように、天井の照明を見つめ続けた。

 もしかすると無名の作家が書いたかもしれないその文章は、わたしの中に芽生えていた具体的な焦りというものを焚きつけるには適切な表現を選んでいた。私は、二年生じゃない。(4巻、118-119頁)

 このときの安達を、単純に”文章が刺さった”と表現をしてもいいですが、観照を通して自分が何をするべきなのかを確認したと見ることも十分に可能でしょう。既に占い師に散々発破をかけられていたとは言え、最後に彼女の背中を押したのが本であったというのは注目に値する事実だと筆者には思えます。

 

 また、観照の具体的な方法は読書だけではありません。これは完全に筆者の解釈ですが、他人に指摘されることでも、第一義を知覚するための観照は起こりえます。どういうことか。

 観照というのは自分の人生から距離を置くこと、つまり客観的になることですね。ところで、自身を最も客観的に見ることが出来るのは当然ながら他人です。よく「自分のことは自分が一番分かっている」とか言いますが、そうでもないです。『ここに「溶ける魚」がいるが、こちらはまだすこし私をたじろがせている。溶ける魚といえば、私こそがその溶ける魚なのではないか、げんに私は〈双魚宮〉の星のもとに生まれているし、人間は自分の思考のなかで溶けるものなのだ!*29』自分が何を考えているのか、自分にとって大切なものとは何なのかということに関して、実のところ人はかなり無知です。そして意外にも、他人は自分よりもよほど自分のことを知ってくれています。実際、自身の癖や欠点を他人の指摘によって初めて知る、というようなことを私たちは度々経験しますね。自身を客観的に見ている他人の指摘によって、観照が起こり得るのも不思議ではないと筆者は考えます。

 以上を確認した上で、『安達としまむら』を見てみましょう。以下、友人の指摘によってしまむらが安達への好意を自覚する場面です。

『いや、久しぶり』

「うん?」

『最近、しまちゃんとなかなか電話できなかったし』

「え、そう?」

『うん……話し中多いし』

 いじけているような、わたしを遠回りに責めるような声色。

 そうかなと思い返して、気付く。

『ああいやそんなたくさん電話かけてるわけじゃないよ、多分、たまたまー、かなー』

「かなー」

 と合わせつつ、むしろわたしが安達とたくさん話しているからだろうと思った。

 へー、と自分のことながら無自覚だったので、軽い衝撃を受ける。

 驚いていた。

 人間関係が偏って疎かになることなんて、自分にはまずないと思っていた。

 そうか。最近のわたしは、安達に偏っていたのか。

「そうかぁ」

 新鮮なものがあった。鼻づまりが一瞬で治ったような、そんな解放感が訪れる。

 押しのけた壁の向こうに、新しい土地を見つけるような……前向きなものがあった。(6巻、168-169頁)

「でもそういうしまむらさんが一緒にいるってことは、よっぽど安達さんのこと気に入ったんだね」

 パンチョの何気ない推察に、ハッとさせられる。

 言葉は他人事で、軽く、それ故にわたしの心へ容易く至る。潮に満ちた洞窟の奥に光が一気に差し込むようだった。無警戒のところにあっさりと来たからこそ、こんなに効果的なのかも知れない。

 見上げるその先にあるものは、廊下の照明よりもまばゆく見えた。

「……なるほど」

 そういうのかもしれない。

 わたしは、安達がお気に入りなのか。うん……うん。(8巻189-190頁)

 観照という営みによって第一義を知る様子が『安達としまむら』においても描かれていることを確認できました。最後に、抱月がたどり着いたパラドックスという結論について説明しましょう。

 

パラドックス

 ここまで、観照という営みによって第一義を知ることが可能なことを見てきました。抱月は、しかしながら、この第一義=人生の指針を完全に知ることはできないと言います。最初に確認したように、そもそも真我は根本的に「心行所滅、言語道斷」であり、その目的もまた人智を超えたものだからです。彼は第一義、人生の指針となるような「凡ての思想は我れといふ眞骨髄に徹するには隔たりのあるもの、我れの一部には違ひないが、隙のある我れである。充實した我れはたゞ懷疑、未解決といふ點まで」(『懷疑と告白』)だと言います。どういうことか。

 普段私たちが対立する物事に直面したとき、大抵は妥協を重ね、その場限りの都合をつけながら、「其の人の其の時の境遇事情で滿足は滿足なり、不滿足は不滿足なりに否應なしにやって」(同上)いきます。しかしながら、そんな調子では、今日には通用したことも明日には通用しなくなっているかもしれません。自分の将来は大丈夫なんだろうか、何とかこの不安を鎮めて人生の統一標準、指針となるようなものはないだろうか。このような形で要請されるのが第一義でした。

 しかし、そんな第一義だって実際のところはどうでしょう。繰り返すように、第一義は本質的に「心行所滅、言語道斷」であり、それ故にいくら観照を繰り返しても終わりというものがありません。「必しも善人が榮へ惡人が亡びると云ふのでなくして、個人の意志と云ふものは蹂躙されて仕舞ふ」世の中にあって、どうして第一義がすべての対立の決着をつけられるでしょう。抱月にとっては、どんな思想も「なお深く實生活と觸れて行くに從ひ、必ず變じて今一度磊々たる仄色の現實に戻つて來べきものだと信ずる。あれがあのまゝ眞に充實した我れとして永續すべきものではなからうと疑ふ」(同上)べきものにしか見えませんでした。

 だからといって、抱月は第一義をすんなり諦められるわけでもありませんでした。「其の實終點は恐らく知れないものであらうとは今までの經驗が敎へる所であるが、それにも拘はらずそれを知らう/\とあせる氣持は、古今を通じて少くも減じない」(同上)。第一義はきっと分からないものだろうと思うにもかかわらず、それを知りたくてたまらない。知らないでは済ませられない。いやむしろ、分からないことを分かろうと、語り得ないものを語ろうとするパラドックスのうちにこそ第一義は存在するのだ。すなわち、「知れないものを知らうとする。此のパラドツクスが造化の神祕なのだであらう」(同上)というのが、抱月の到達した結論でした。三木清にとって、哲学は知識の所有よりも所有への行程そのものでしたが、抱月にとっては第一義が所有への行程にあるものだったということです。

 

 第一義とは、それが知り得ないものであるにもかかわらず知ろうとするパラドックス、すなわち所有への行程そのものに存在するものでしたが、これは『安達としまむら』でも同様です。本文を引用しましょう。

 しまむらは私の太陽だ。……言っていて我ながら恥ずかしくなる。

(中略)

 太陽に近づけば眩しくて、熱くて、とても辿り着くことはできない。

 それでも光を求めて伸びていくのが、地上の生き物だ。

 私は光を見つけられて良かったと思う。(3巻、71頁)

 安達と初めて出会った日の前日、安達と出会うことを見通せたわけもない。

 その安達と今、こうして一緒に寝っ転がっている。

 一体、誰がどうやって見通すことができただろう。

 霧の中に見えたものは、まったく未知なる世界だった。

「わたしはさ。安達とどこまで遠くに行けるか、それを知ってみたいと思った」

 首を傾けて、安達をそこに捉えながら言う。安達の反応は鈍い。

 過程を全然話していないから当然だ。でも、続ける。

「いまはここまで連れてきてもらって、でも五年後、十年後はどこにいるんだろう、どこまで行けるんだろうって。霧がかかってるみたいに分からないけど、だから歩いてみようって」

 独りで闇雲に歩いても、前へ進めたと言える自信なんてない。

 でも安達と手を握っていれば、その前ってものに迷わないでいられそうだった。(8巻、210頁)

 2人は8巻で第一義を感得しましたが、それで終わりではありません。第一義は本質的に知り得ないものであり、それを所有しようとする行程にこそ第一義は存在します。言うなれば、『安達としまむら』8巻とは行程の始まりに過ぎないということです。そしてそのように考えたとき、上で引用した8巻のサブタイトルが『最初の旅の端』であることが極めて重要な意味を持つことは、誰の眼にも明らかですね。

 以上、島村抱月の美学的文芸批評理論と、批評理論にもとづく小説『安達としまむら』批評でした。

 

 さて、このように美学的文芸批評理論を通して『安達としまむら』を読むと、両立論がそのテーマとして浮かび上がってきます。そしてそれと同時に、通常本作品に見出されている「百合≒女性同士の親密な関係」というテーマは後景に退きます。というのも、本稿のような両立論的作品という見方を採る場合、本作品において最も重要なことは「自己がどのような必然性によってコントロールされているのかを知ろうとする」という点になるからです。そして本作品の場合は、「どのような必然性によってコントロールされているか」という部分がたまたま百合であったに過ぎません。すなわち、両立論が先、百合が後です。ここから安達としまむら』という作品を百合として読まないことは当然に可能である、ということが言えてしまいます。筆者が本稿で示したかったのは、まさにこのことです。

 

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アニメ『安達としまむら』について

 さて、何故筆者がこんな主張をするかというと、アニメ『安達としまむら』に関して私見を述べるためです。

 正直に言えば、アニメ『安達としまむら』の出来に関して筆者は非常に不満でした。これまでに抱月の理論を通して、『安達としまむら』を両立論的作品として捉えましたが、実のところ、筆者にはそもそも両立論的にしか読めませんでした。一方で、アニメはこれと真逆の解釈のもとに作られているように見えます。例えば、アニメ『安達としまむら』で監督を務めた桑原智氏は、4巻の初回封入特典スペシャルブックレットで以下のような持論を披瀝しています。

僕は常々思っているのですが、物語というのは、キャラクターのために存在するべきものなんです。ただ悲しいかな、昨今は物語が先行して、キャラクターがあとをついていくような作品や、置いてけぼりにされてるような作品も少なくない。しかし、この作品を初めて読んだ時、そこにキャラクターが存在していることを強く感じました。そして、物語はキャラクターのために存在していると感じられたので、すごく感情移入しやすかったです。

 彼によれば、『安達としまむら』という作品は物語=世界に先行してキャラクターが存在していると言います。つまり、キャラクターが先、物語が後、ということです。しかしながら既に確認したように、安達としまむらの出会いというものは、宇宙が存在するために当然に要請されるものでした。これはつまり、世界という物語が存在するためにキャラクターが必要だったのであって、キャラクターが存在するために物語が存在するのではないということです。『安達としまむら』という作品は、事実として世界=物語が先、キャラクターが後なのです。このように筆者と桑原氏とで『安達としまむら』理解は真逆と言っていいですが、『安達としまむら』本文を照らせば、筆者の説明に分があるということは明白でしょう。

 注意しておきたいのは、これは筆者と桑原氏とで解釈が異なるという話ではありません。本稿の「『安達としまむら』と両立論」を見れば分かるように、安達としまむら』の世界が決定論を採用しているのは、本文に書いてある事実です。それが意図的であるか否かは不明ですが、桑原氏は小説『安達としまむら』本文に書いてある事実とは異なった理解をしていると考えるべきなのです。繰り返しますが、これは解釈違いなどではなく、本文に書いてあるか否かの話です。筆者は本文に書いてあることを言っており、桑原氏は本文に書いていないことを言っています。

 

 もっとも、原作を忠実に再現することだけがアニメ化の意義ではないでしょう。キャラクターのために世界が存在している『安達としまむら』も、それ自体で文句を言われる筋合いは全くありません。しかしながら、だからと言って、まったく問題がないというわけでもありません。

 例えば、筆者は以前、アニメ『安達としまむら』を観た友人から「安達があれほど急にしまむらに好意を持った理由が分からない」と尋ねられました。本稿で見たような両立論的世界観を採用していれば、この疑問に対しても「そういう風に世界が構成されているから」で説明が可能です。しかしながら、キャラクターが世界に先行する作品として本作を解釈した場合、安達の好意の理由を説明することができません。もっと言えば、その疑問の説明を諦めてキャラクター先行を採用することのメリットが――仮にメリットがあったとして――アニメにおいてどこまで発揮されていたのか、首を傾げざるを得ません。とりわけ、安達としまむらを小説よりもフレンドリーに描写したのは本当に意味が分からない。そこが描写されないとこの作品の根幹が失われると思うんですが……。シナリオから決定論的要素を取り除く過程で2人の抱える生き辛さの描写も削ってしまったのは、アニメ化における最大のミスでしょう。

 

 結論を言えば、アニメ『安達としまむら』に対して筆者が言いたかったことは、決定論等百合以外の要素にももう少しだけ目を向け、それをアニメにも書き込んで欲しかったという一点に尽きます。

 なお、ここまで割とボロクソに言ってますが、筆者はアニメから『安達としまむら』に入ったので、アニメ化自体には非常に感謝しています。BDも全巻買ったんだからこれぐらいの愚痴は言わせてください。

 

おわりに

 まずは拙い長文を読み通してくださったことに感謝いたします。これでも大半を削って、最小限の知識で批評理論を理解していただけるよう努めたんですが、筆者の実力不足もあってどうしても冗長になってしまいました。申し訳ないです。

 上でも述べましたが、批評理論の大部分は簡略化のために削ったり、『安達としまむら』用にかなりアレンジしてしまいました。ちゃんとした理論を知りたい場合は、原著に当たることを強く推奨します。一応は論文を何度も読み返したので、理論の骨子そのものに関して大きく間違っている箇所は無いはずです、恐らく。一方で近代日本文学史決定論と自由の問題、スピノザ等に関しては完全に付け焼き刃ですので、もし間違いがありましたらご指摘くださると幸いです。

 

 抱月は「觀者の側から言つても、たゞ寝ころんで聯かの努力も要せぬ氣持で賞翫する藝術は必ずしも大なる藝術で無い。むしろ種々の努力を以て迎へ味ふのが近代藝術の特色である」(『藝術と實生活の界に横はる一線』)と言い、作品の受け手側が文芸へと主体的にはたらきかけることを求めました。『安達としまむら』に対するそのような態度の表れとしてふさわしいものに、本稿がなっていれば良いなと思います。

*1:河出書房新社、2017年、21頁

*2:鈴木芳子訳、光文社、2018年、17-18頁

*3:『小説の技巧』、柴田元幸斎藤兆史訳、白水社、1997年、58頁

*4:入間の一問一答 第10回|入間人間公式サイト

*5:入間の一問一答 第15回|入間人間公式サイト

*6:入間の一問一答 第10回|入間人間公式サイト

*7:稲垣達郎・岡保生編『座談会 島村抱月研究』、近代文化研究所、1980年、367頁

*8:島村抱月―人及び文学者として―』、日本図書センター現代資料出版事業部、1987年、118頁、43頁

*9:自然主義文学盛衰史』、講談社、2002年、19頁

*10:隅田正三『「島村抱月」 : 幼年期と生いたち』、波佐文化協会、1991年

*11:川副、前掲書、12頁

*12:『日本の近代小説』、岩波書店、1954年、134頁

*13:近代文学社編、前掲書、221頁

*14:早稲田大学出版部、2013年

*15:岩佐、前掲書、391頁

*16:『マインド・タイム』、下條信輔・安納令奈訳、岩波書店、2021年、168頁、補足は引用者

*17:上野修スピノザの世界』、講談社、2005年、116-117頁

*18:筑摩書房、2014年

*19:講談社、2021年

*20:常岡晃「フランス自然主義決定論」『梅光女学院大学 論集』25巻、1992年、37-48頁

*21:以下では、宿命論を運命論と同様の立場として取り扱います

*22:木島、前掲書、75頁

*23:木島、前掲書、106頁

*24:森信成『唯物論哲学入門』、新泉社、1972年、196-197頁、202頁

*25:戸田山、前掲書、296頁

*26:これは水です。 | quipped

*27:『春宵十話』、光文社、2006年、35-36頁

*28:リベット、前掲書、133頁

*29:アンドレ・ブルトンシュルレアリスム宣言・溶ける魚』、巖谷國士訳、岩波書店、1992年、72頁。